物を壊された、殴られた、ネットで中傷された。警察に相談すると「被害届を出しますか?」「告訴しますか?」と聞かれることがあります。
どちらも警察に被害を伝える手続きですが、重さがまったく違います。違いは「犯人を罰してほしい」とはっきり求めるかどうかです。
被害届=「こんな被害にあいました」と警察に伝えるもの。
告訴=被害を伝えたうえで、「犯人を処罰してほしい」と求めるもの。
告訴は法律(刑事訴訟法)で決まった手続きで、受けた警察は書類を検察に送り、検察は起訴したかどうかを告訴した人に知らせる義務があります。被害届にはこの義務がありません。
いちばんの違いは「処罰を求めるか」
被害を伝える
- 根拠:犯罪捜査規範(警察のルール)
- 処罰を求める意思は要件ではない
- 出せるのは被害者など
- 結果を知らせる法律上の義務はない
処罰を求める
- 根拠:刑事訴訟法230条など
- 処罰を求める意思がいる
- 出せるのは被害者・その法定代理人など
- 検察は起訴・不起訴を必ず知らせる
被害届は、警察が捜査を始めるきっかけになる「お知らせ」です。告訴は、それに加えて「この人を罰してほしい」という意思表示。警察庁の通達でも、告訴を受けるときは「処罰意思」を確認するよう求めています。
法律で決まっている「その後」の違い
告訴は刑事訴訟法の手続きなので、受けた側にもいろいろな義務がつきます。
| 被害届 | 告訴 | |
|---|---|---|
| 警察は受け取る? | 受け取らなければならない(犯罪捜査規範61条) | 受け取らなければならない(犯罪捜査規範63条) |
| 警察から検察へ | 捜査の結果しだい | 速やかに書類と証拠を検察に送る(刑事訴訟法242条) |
| 処分の結果 | 法律上の通知義務はない | 起訴・不起訴を告訴した人に通知(同260条) |
| 不起訴の理由 | — | 請求すれば理由を教えてもらえる(同261条) |
| 取り消し | — | 起訴されるまでならできる。取り消したら、もう一度は告訴できない(同237条) |
被害届でも、検察庁の「被害者等通知制度」を使えば、希望すれば処分の結果を教えてもらえます。法律上の義務ではなく、運用で知らせてくれる仕組みです。
「受け取ってもらえない」問題
「被害届を出しに行ったのに受け取ってもらえなかった」という話は昔からあります。警察庁は2024年3月の通達で、明らかなうそや、とても合理的とはいえない内容でない限り、被害届はその場で受理するよう全国の警察に指示しました。受理しなかったときは、記録して上に報告することになっています。告訴の相談を受ける「告訴・告発センター」も警察本部と警察署に置かれています。
告訴がないと裁判にできない罪(親告罪)
ふつうの事件は、告訴がなくても検察官の判断で起訴できます。でも一部の罪は、被害者が告訴しない限り、起訴できません。これを 親告罪 といいます。
| 親告罪の例 | 根拠 |
|---|---|
| 名誉毀損・侮辱 | 刑法232条 |
| 器物損壊(物を壊す)・私用文書の破棄 | 刑法264条 |
| 過失傷害(うっかりケガをさせた) | 刑法209条 |
| 一部の親族のあいだの窃盗 | 刑法244条 |
6か月以内に告訴
親告罪は、告訴がなければ起訴できない。しかも告訴できるのは犯人を知った日から6か月まで(刑事訴訟法235条)。被害届だけでは裁判にできないので、名誉毀損や器物損壊では「告訴するかどうか」が大事になります
親告罪で起訴されるまでの流れ
この「6か月」の期限は親告罪だけのものです。ふつうの罪の告訴には期限がありません。
なお、性犯罪は以前は親告罪でしたが、2017年の刑法改正で親告罪ではなくなりました。今は告訴がなくても起訴できます。
告発とは?
似た言葉に 告発 があります。告訴が「被害者側」がするものなのに対して、告発は 被害者でなくても、誰でもできる ものです(刑事訴訟法239条)。
- 会社の不正を知った社員が、検察や警察に知らせる
- 市民団体が、政治家の資金の問題を告発する
など、ニュースで見るのはたいていこちらです。公務員は、仕事の中で犯罪があると思ったら告発しなければならない、という義務もあります。
被害届と告訴、どっちを選ぶ?
- まず相談・被害届:どんな被害でも、まず警察に相談して被害届を出すのが基本
- 親告罪なら告訴を考える:名誉毀損・器物損壊などは、告訴しないと裁判にならない。期限は6か月
- 結果をきちんと知りたいなら告訴:起訴・不起訴の通知と、不起訴の理由を求める権利がつく
- 難しい事件は弁護士に:告訴状は書面で出すことが多く、要件の確認もあるので、詐欺などは弁護士に相談すると話が早い
うその告訴は犯罪
相手を罰しようとして、うその告訴や被害の申告をすると 虚偽告訴罪(3か月以上10年以下の拘禁刑)になります。腹いせで大げさに書くのも危険です。
よくある誤解
- 「被害届を出せば、犯人は必ず罰せられる」→ ✕。被害届は捜査のきっかけ。起訴するかどうかは検察官が決めます(書類送検とは)
- 「被害届を取り下げれば事件はなくなる」→ △。親告罪でない事件なら、被害届を取り下げても捜査や起訴が続くことがあります。ただし処分を決めるときに考慮される材料にはなります
- 「告訴しないと検察審査会に申し立てられない」→ ✕。被害者本人なら、告訴していなくても検察審査会に申し立てられます
- 「告訴はいつでもできる」→ △。ふつうの罪は期限なし。でも親告罪は犯人を知った日から6か月です
まとめ
- 被害届=被害を伝える。告訴=処罰を求める
- 告訴は刑事訴訟法の手続きで、警察は検察に書類を送り、検察は結果を告訴した人に知らせる義務がある
- 名誉毀損・器物損壊などの親告罪は、告訴がないと起訴できない。期限は犯人を知った日から6か月
- 告発は、被害者でなくても誰でもできる
- うその告訴は虚偽告訴罪
刑事事件の流れは逮捕と勾留の違い・書類送検とは、記録がどう残るかは前科と前歴の違いもあわせてどうぞ。
告訴・告発の決まりは 刑事訴訟法(e-Gov法令検索) の230条〜242条・260条・261条、被害届の受理は 犯罪捜査規範 の61条・63条、親告罪と虚偽告訴罪は 刑法、受理の運用は 警察庁「迅速・確実な被害の届出の受理等について」 で確かめられます(2026年10月23日確認)。